そのアパートに引っ越してきて、最初の夏。私は、人生で初めて、チャバネゴキブリという、小さくて、しかし恐ろしく繁殖力の強い敵と対峙することになりました。最初は、キッチンの隅で一匹見かける程度でした。「まあ、古いアパートだし仕方ないか」。私は、ドラッグストアで一番強力そうな殺虫スプレーと、有名なベイト剤を買い込み、徹底抗戦の構えを取りました。見かければスプレーで駆除し、ベイト剤を冷蔵庫の下やシンクの周りに、これでもかと設置しました。しかし、私のささやかな抵抗をあざ笑うかのように、敵の数は、日に日に増えていきました。夜中にキッチンに行けば、必ず数匹が床を這い回り、ついには、食事中にテーブルの上を横切るという、許しがたい暴挙に出るまでになったのです。私は、精神的に追い詰められていきました。週末には、燻煙剤を焚きました。家財道具をすべてビニールで覆い、2時間家を空け、戻ってきてから大換気と大掃除。床には、確かに何十匹という死骸が転がっていました。「これで勝った!」。しかし、その勝利の喜びは、わずか一週間しか続きませんでした。すぐに、前よりも小さい、生まれたての幼虫たちが、再びキッチンを徘徊し始めたのです。卵には効かない、という知識はありましたが、実際にその光景を目の当たりにした時の絶望感は、筆舌に尽くしがたいものでした。私の心は、完全に折れました。時間も、お金も、そして何より、精神的なエネルギーも、もう限界でした。私は、震える手で、インターネットで探し出した害虫駆除業者に電話をかけました。駆けつけてくれたプロの方は、私の話を聞き、厨房を少し見ただけで、「ああ、これはチャバネですね。巣は、おそらく冷蔵庫のモーター部分と、壁の隙間でしょう」と、あっさりと言い当てました。その瞬間、私は、自分が素人であり、この戦いが、そもそも自分の手に負えるものではなかったことを、痛感しました。専門家とは、知識と技術の集積なのだと。あの日、私が白旗を上げたことは、決して敗北ではなく、問題解決への、最も賢明な一歩だったのだと、今では思っています。
私が害虫駆除の自力解決を諦めた日